過去ログ

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美しい思い出なんていらないとふだんは言っているけど、たまには思い出もふりかえらせてください。

ひとつめ、その日の帝劇は2幕がクリスマススペシャルになっていて、客席降りに興味のないあたしはとたんに沸き立つまわりをあーあと内心うんざりしながら眺めていた。だいぶうろおぼえだけど、いまではすっかりいまをときめいている面々(変な日本語)がサンタやトナカイのかぶりものをしてそのへんを歩いていたと思う。でもあたしはただ黙って静かに座っているだけだった、、いま思えばぜいたくものめ。でもそのときのあたしには担当というものがいなくて、できたらいいなと思ってたけどいまいちだれもぴんとこなくてとりあえずこのままふらふら漂っていようと思っていた。しばらくして、2階の客席通路をトナカイの耳をつけた涼が歩いていた。あたしは自分でもよくわからないまま夢中でそれに手を振っていた。だからなにがあったとかでもない。というかなにもない。それをきっかけに降りたとかでもない。でもそれはあたしがはじめてはしもトナカイをみた日として心に深く刻まれた。

ふたつめ、その後いろいろあって、というかむしろいろいろもなくてなにもないまま、なぜかあたしは涼の担当になることに決めた。そしてひさしぶりに作った名前うちわを握りしめて、ジャニィズJr.のコンサートに行った。いま考えると視認性なんてほぼないうちわだったけど、横アリ(と思ったけどたまアリだったかもしれない。こういう肝心なところ記憶ない)の外周を歩いている涼がそれをみて、ピースしてくれた。たかだかそれだけのことかと言われそうだし、こうやって書いてても客観的にみるとだから何って思うけど、そのときのあたしは飛び上がるほどうれしかったしいまだにその瞬間だけを鮮明に思い出せるし、いまでも、同じようにうれしいとおもう。だって自分の好きな子が自分をみてリアクションしてくれるなんてこと、それまでは想像もしたことなかったから。おたくじゃないひとはコンサートでタレントと目が合うとか妄想おつみたいな扱いをしてくることが多いけど、それくらい本来は貴重なことなんだよね。。

みっつめ、さらにそれからいろいろあったのち、クリスマスイヴにお台場でコンサートをみた。たいして広くないとはいえ段差のない平面で後ろのほうの席だからしょうじきステージはよくみえなかったし、そのうえ客席が動物園で、なんにでも奇声をあげる若者たちはそれなのになぜか涼のことだけ眼中にないみたいだった。そこでもいろいろあったけれど、始まるまでも終わってからもあたしはひとり黙りこくったままで、そのときあったできごとたちや、近づいてくる涼の瞳や、手指の感触を反芻しながら真っ暗な道を駅までただ歩き続けた。すぐ数十分前まであったことはもうこの世のどこにもないみたいな荒寥とした景色だった。そこで終わっておけばすべてが美しい思い出のままでよかったのかもしれない。だけど引き返せなかった。

それから先のこともどれもだいじな思い出ではあるけれど、みっつめのことを境にあたしの心が醜くなってしまったのでもう美しくないし、だいたいのことをこの日記に書いてきたので(湾岸のことも書いてあるけど)飛ばす。やっぱり思い出なんて捨ててしまうべきなのかもしれないともおもう。誤解を恐れずに言えば涼は過去をだいじにしないひとだからだ。
そもそもあたしは街で涼をみかけたこともないし、ほかのひとのように語り草になるようなすごいことをしてもらったこともない。だからあたしの思い出なんてどれもちいさなちいさな、あたしの心の片隅にだけ咲いているものばかりだ。なにかあるたびにそれを必死に集めて花束にしようとしてきた。それを捨てる必要はないのだろうけど、いったんドライフラワーにでもしてわきに置いておいて、また新たな気持ちで新しい思い出を集めよう。
数日後からの生まれ変わった新しいあたしがまた同じように涼のことを好きになるかはわからないけど、対象がどうであれ好きであることをもっときがるに心から愉しめていますように。